北海道自動車情報誌「カーピアCelhome(セロム)」は寒冷地の視点で車の特徴を紹介|発行:株式会社イベント工学研究所

北の大地・風を読む

本誌編集長 佐藤 公(さとうたかし)

2019年10月+11月 錦秋号

「東京モーターショー」、
多くの海外自動車メーカーの
出展を促したい!
− 商業主義ではなく、クルマのある末来社会、競演の場として −

人々が「いつでも夢を」見る、「東京モーターショー」にモデルチェンジを!

 世界の自動車関係者が注目する「第46回東京モーターショー」が10月23日〜11月4日(一般公開日は10月25日から)東京ビッグサイトで開催される。
 会場となる東京ビッグサイトは、2020年開催の「東京オリンピック」の準備のため、前回比で敷地の半分しか使えないことになり、会場のビッグサイトから約1.5km離れたMEGAWebと2つに分かれて行われる。
 「今回はモーターショー自体をモデルチェンジする」「クルマ業界だけでなく、日本の工業を担う皆さまと手を取り合って、モビリティ社会の未来を届けたい」と主催者側はコメント。
 しかし、「東京モーターショー」自体が存亡の危機に立たされているという。「費用対効果が得られない」として海外自動車メー力ーが相次いで今回の東京モーターショーに出展しない方針を固めている。
 つまり、「日本がもう魅力的なマーケットではない」ということである。
 「東京モーターショー」が日本に「市場価値が低い(出展してもクルマが売れない)」という大きな理由で海外の自動車メー力ーが出展を見送ったことは、そもそも東京のみならず世界の「モーターショー」開催は、クルマ発展の歴史上から見ても、開催目的をあまりにも商業化し自社主義になっていないだろうか。
 これまで、モーターショーというと、新型車やコンセプトカーを発表する華やかな場として人気を得た。そして来場の少年や若者が「見て、学んで、感動し、夢を見る」ステージでもあった。
 モーターショーは単にクルマを売るためではなく、出展メー力ーの(クルマの)最先端技術、デザインを提案し、そしてクルマのある未来社会の夢を人々に与えるものと認識している。出展社がお互いに競い合い、来場者やユーザーの夢とクルマに対する価値と楽しさを創出する場であったはずである。
 また、「東京モーターショー」は日本のクルマづくり(技術)だけではなく風土性、文化性、そして日本人の精神(民族性)を海外にアピールする絶好の場でもある(海外から多くの通信社、報道記者が集まってくる)。
 今日、CASE(コネクテッド、自動化、シャアリング、電動化)やMaaS(サービスとしてのモビリティ)時代の到来で、自動車産業(将来、定義そのものも変わる可能性あり)が大きく変化するなか、(世界の)モーターショーもそのあり方が大きく変わろうとしているのは事実である。例えば、「自動運転車(autonomouscar)」という商品は世界のあらゆる先進の業界、企業が携わって開発されている。自動車メー力ー、部品メー力ー、電池メー力ー、基礎情報企業(アマゾンなど)、インタネーット企業、多国籍テクノロジー企業(グーグルなど)、地図情報企業など、多種多様の先端先進企業が提携、融合し開発、研究を競い合っている。
 明日の未知な、楽しみなモビリティ社会において、これからの「東京モーターショー」の開催コンセプトはどうあるべきだろうか。
 ここでちょっとコーヒーブレイクの時間としたい(?)・・・・・・。
 江戸時代(1774年)に解体新書(解剖書で、西洋科学書の日本最初の本格的な翻訳書)が杉田玄白等で刊行され、日本の医学界の進歩の礎、イノベーションとなった書物だ。
 そこで、モビリティ新時代の「東京モーターショー」のコンセプトを「東京解体(イノベーションの意味)新車(新書)ショー」にモデルチェンジし、来場者が「東京買いたい新車(解体新書)ショー」になるようなモーターショーのイベント内容を考えてみてはどうか。
 さらに、杉田玄白ではないが、彼の書「蘭学事始」を捩(もじ)って、「RUN学事始」とするのはどうだろう。クルマの新しい走り方の提案である(?)。
 つまりは、海外の自動車メー力ー出展を促すためにも、イベント企画の、”こころ(真髄)”である、ワクワク、ドキドキ感を創出し、夢と感動のある”元気な日本の自動車業界”の姿を「東京モーターショー」で演出してみて欲しいのである。
 ちょっと”頭の体操”を試みてみたが遊びすぎか(!?)

本誌編集長 佐藤 公(さとうたかし)

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